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最高裁判所第三小法廷 昭和40年(オ)488号 判決 1969年6月24日

上告人

尾藤美喜子

代理人

北山六郎

宮崎定邦

被上告人

佐藤良子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人北山六郎、同宮崎定邦の上告理由について。

民法一一〇条にいう「正当ノ理由ヲ有セシトキ」とは、無権代理行為がされた当時存した諸般の事情を客観的に観察して、通常人において右行為が代理権に基づいてされたと信ずるのがもつともだと思われる場合、すなわち、第三者が代理権があると信じたことが過失とはいえない(無過失な)場合をいい、右諸般の事情には、本人の言動を含むものと解すべきである。

これを本件についてみるに、原審が適法に確定した事実の要旨は、次のとおりである。すなわち、(1)訴外柴田源太郎(以下単に「訴外柴田」という。)は、本件家屋の賃貸人である被上告人の代理人として本件家屋の賃料の取立および受領の権限(以下「管理権」という。)しか有せず、被上告人の代理人として本件建物の賃借権譲渡の承諾をする権限を有していなかつたところ、上告人が昭和二六年一二月頃本件家屋の賃借人である訴外越智通之(以下単に「訴外越智」という。)から本件家屋の賃借権を譲り受けるにあたり、右譲渡について承諾した(したがつて、訴外柴田は、その代理権限外の右承諾した。)、(2)上告人は、当時訴外越智から被上告人の代理人である訴外柴田の右承諾を得た旨の説明を受けたに止まつた、(3)上告人は、当時すでに訴外柴田の住所氏名をも知つており、上告人の住所から被上告人および訴外柴田の住所までの交通の便は極めて良好であり、上告人は、被上告人または訴外柴田に対し、右(2)の訴外越智の説明が真実であるか否かを容易に確め得た(もし、上告人が確めたならば、訴外柴田が本件家屋の賃借権譲渡の承諾をする代理権を有していなかつたことが明白となつた。)にもかかわらず、かかる措置を採らず、漫然と右(2)の訴外越智の説明を信じ、本件家屋の賃借権の譲渡について被上告人の承諾があつたものと速断して、本件建物に入居した、(4)上告人の入居後間もなく、訴外柴田は、上告人に対し、上告人の賃借権譲渡については別段異議を唱えなかつたが、賃貸人である被上告人の諒解を得るまで訴外越智の標札を本件家屋に掲げておくよう指示した、というのである。

右(1)ないし(3)の事実によれば、上告人は、訴外越智から本件建物の賃借権を譲り受けるにあたり、本件家屋の管理権者にすぎない訴外柴田の承諾を得た旨の訴外越智の説明を受けただけで、容易に被上告人または訴外柴田について調査することができ、これによつて訴外柴田には右承諾をする代理権のないことを知り得たにもかかわらず、かかる措置を採らず、漫然と訴外越智の右説明のみを信用し、訴外柴田には被上告人を代理して右承諾をする権限があると信じたものであるから、上告人が訴外柴田に右代理権があると信じたことは、上告人の過失であるといわざるを得ない。また、右(4)の事実によれば、上告人は、訴外柴田が被上告人を代理して本件家屋の賃借権譲渡の承諾をする権限を有しなかつたことを容易に知り得たはずであるから、右(4)の事実によつて、上告人が訴外柴田に右代理権があると信じたことは、上告人の過失であるといわなければならない。されば、いずれにしても、上告人には、訴外柴田に右代理権があると信ずるについて正当な理由があつたとはいえない。なお、上告人所論の被上告人側の事実は、右の正当な由の有無の判断について何等消長を来たすものではない。

されば、論旨は採用できない。

よつて、民訴決四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(松本正雄 田中二郎 下村三郎 飯村義美 関根小郷)

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